こんにちは、弁護士の田村和希です。
令和5(2023)年の終わり以降、「私人逮捕系」と言われるYouTuberが相次いで逮捕されました。SNS上には彼らが撮影した動画が投稿・公開され、中には100万回を超えて再生されたものもあり、注目を集めていた中で起きた事件でした。
「世直し系」とも呼ばれる彼らの行為が法的にどのような問題をはらむのか、本記事で見ていきます。
1 捜査機関による「逮捕」と私人による「逮捕」
刑事訴訟法上の「逮捕」とは、被疑者(捜査機関によって罪を犯したという疑いを受けて捜査の対象となっているが、 まだ起訴されていない者)の身体を拘束し、 それを短期間継続することを言います。
この逮捕は、原則として警察官などの捜査機関が・事前に発布された令状をもって行うこととされていますが、捜査機関に属さない一般の人(いわゆる「私人」)も例外的に許されているものがあります。この「私人」が行うことができる「逮捕」を、ここでは「私人逮捕」と呼びます。
2 「私人逮捕」の根拠とその意義
(1) 逮捕には、大きく次の3つの類型があります(以下、刑事訴訟法を「法」という)。
ア 通常逮捕(法199条1項)
イ 緊急逮捕(法210条1項)
ウ 現行犯逮捕/準現行犯逮捕(法213条、212条各項)
このうちウは、現行犯人(現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者。法212条1項)または準現行犯人(法に定められた現行犯人とみなされる者。同条2項)について、誰でも令状なしに逮捕できるものです。
(2) 今回取り上げる「私人逮捕」は、「誰でも」という点から、上記(1)ウの「現行犯逮捕/準現行犯逮捕」の表れです。
このことを、法の条文では次のとおり定めています。
第212条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。
2 中略
第213条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
つまり、「現行犯人」であれば、警察等の捜査機関ではない私人も逮捕することができます。
このように、警察官ではなく一般人でも逮捕ができることには法的な根拠があります。
(3) 上記のように、私人逮捕は現行犯逮捕の一つで、逮捕される人の権利制約が大きいことから、これを行うには厳格な条件があります。専門的な知識・経験をもつ検察官や警察官であっても、その条件を充たさずに現行犯逮捕すると違法となってしまいます。
とはいえ、目の前で犯罪が起こっているのに警察が周囲にいない、といった緊急やむを得ない状況では、その場にいる人が犯人を逮捕・確保するほかありません。
私人逮捕が法制度上認められているのは、こうした緊急事態の下での大きな意義があるからです。
3 「私人逮捕系」YouTuberの危険
(1) 上記のような意義ある私人逮捕ですが、その逮捕の一部始終や逮捕された人の容姿等をSNS上に投稿・拡散させたのが、冒頭で述べた「私人逮捕系」YouTuberでした。
このような動画投稿者の中には、逮捕できるような事案・場面を探し回ったり、犯罪行為を待ち伏せしたりして、自らの逮捕行為の撮影チャンスを作出・演出しようとする者もいるようです。
再生回数を稼いで多くの広告収入を得るため、“より刺激的・過激な動画を撮影・作成したい”との動機も働いていると思われます。
さらに進んで、相手を追い詰め脅迫して、金銭等を要求する者も現れています。
(2) しかし、上記で述べたとおり、そもそも「私人逮捕」は緊急やむを得ない状況下で必要最小限の逮捕行為を認めるもので、私人が自ら犯罪行為を探し回ったり待ち伏せしたりして逮捕するのは制度の趣旨から外れていると考えます。
また、「逮捕」が適切な場面でも、その様子を動画撮影して、投稿サイト等で公開・拡散させたり、荒っぽく追い詰め脅迫したりする必要まではないはずです。こうした不必要な拡散等は、かえって違法行為になりかねません。
(3) 結局、上記のようなYouTuberは、次のとおり相次いで逮捕されています。
・ネット掲示板で知り合った人物に女性を装い接近し、「覚醒剤を一緒に使いたい」などと伝え、待合せ場所に覚醒剤を持ってきた男を警察に引き渡したとして、覚醒剤取締法違反の教唆の疑いで逮捕。また、相手の男性を不法に拘束したとして再逮捕。
・駅構内で盗撮行為をしている人の様子を動画に撮影して取り押さえ、「警察に行くこともできるけど、それは嫌でしょ。慰謝料としていくら出せるの」などと言い、口止め料の現金を脅し取ろうとした恐喝未遂の疑いで逮捕。
4 終わりに
私人による現行犯逮捕は、それ自体に大きな意義があり法制度上も認められていますが、その様子を動画撮影してウェブ上に公開し、これによって収益を得る等まで含めた制度とは言い難いところです。
度を過ぎた“正義”や“世直し”の意識は、今回の「私人逮捕系」YouTuberと言われる人たちの事件のように、そもそもの制度趣旨や目的を逸脱した違法行為や犯罪行為に陥ってしまう危険性があると言えます。
令和6年3月14日
文責 弁護士 田村和希